Ramana Arul

Ramana Arul 「ラマナの恩寵」

「恩寵」とは「始まりであり、中間であり、終わり」である。
「恩寵」とは「真我」である。
 by ラマナ マハルシ

「ラマナ アルール」は「ラマナ マハルシの臨在や恩寵を求める個人」の為に開かれた瞑想スペースです。

カレンダーの言葉

アジニャーニ(真我を実現していない人)は世界を現実であるととらえますが、ジニャーニ(真我を実現した人)はそれを真我の顕現にすぎないと見ています。

真我が顕現しようと、するのをやめようと重要ではないのです。

(石原 幸治 訳)

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アルナーチャラ便り

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コロナヴァイルス IN TIRUVANNAMALAI

 ラマナアシュラムは世界中に浸透していくコロナヴァイルスの影響で3月25日から完全に閉鎖になりました。これはインド政府の決定に従ったものです。この決定がいつ解除されるかは誰にもわかりません。私たちはただ静かに事の成り行きに従い、アルナーチャララマナにゆだねるだけです。

 公共の交通は遮断され、会社や商店は閉じられ、銀行とスーパーマーケットは中に入れる人の人数制限と開店時間の短縮で何とか私たちの生活を支えています。

 要点は人と人との接触を避けること、つまり感染を避けることがポイントです。そのためにすべての人がHOME STAY しなければならないのが状況です。このために警官が通りのあちこちに待居して、不必要な活動を戒めています。

 ここでの帰依者たちの情報交換は迅速で大きな助けとなります。デジタルワールドに感謝です。ティルヴァンナマライではじめてのCOVID19の保菌者がでたと聞いたときは、みんながどれだけ気落ちしたか想像してください。状況が次から次へと変わっていくなかで、幸いにも帰依者たちはもちろん、町中の人が静かに過ごしています。

ただ私たちはここにやってきた理由を明確にし、「WHO AM I?」とバガヴァ―ンの教えに従うことが心の平安を保つ特効薬だと理解しています。

 起こるべきことはどんなに避けても起こるだろうし、
 起こらないことはどんなに努力をしても起こらない。

(崎山綾子 シュンニャ記)

ラマナ アルール

ラマナ・マハルシの臨在から教えを受けたい方を対象にしています。
ラマナ・マハルシの恩寵に触れて「私は誰かー真我」を知るための場所です。


SILENCE ラマナ ・サットサンの勧めより

 最近、SRI MANI さんがシンガポールのあるサットサンで「ラマナ サットサンガ」とはどういうものか話されたのでお知らせします。

 「一般に、ラマナサットサンガとは誰かがサットサンをするというものではありません。ラマナマハリシの臨在が感じられるスペースを創るということです。

例えばマハリシの写真を飾り、参加者が沈黙のうちに心を静め、シュリラマナをハートで感じるためのスペースを創るということです。そのために、ヴェーダやパラヤナのオーディオの設定、トークス等のシュリラマナの教えの朗読を聞くことなどが助けになります。

各個人の<存在しない問題>のSHARINGの場を創るということです。」


ラマナ アルール体験記

4月 ブログ「恩寵と共にある」より 無境

ラマナ アルール  〜マハルシの臨在と恩寵に触れて〜

人里離れた場所に赴くと、とても瞑想がしやすいです。

都会生活においては、瞑想に没頭することはなかなか難しいです。

しかし東京のど真ん中で静寂に満たされ、ラマナ・マハルシの恩寵と臨在と共に瞑想できる場があるのです。

それがラマナ アルール

私がラマナ アルールのことを知った時には、一時閉鎖しており残念に思っていましたが、また再開されたと聞き、これは行くしかないとマハルシの臨在に導かれるようにラマナ アルールを訪ねました。

そこは実に静かな場で、都会の喧騒と無縁であり、ごく自然に瞑想を行いました。

よく瞑想の場では、ものすごいエネルギーに満ち溢れていたり、瞑想して様々な体験をすることがあります。

しかしラマナ アルールにおいて、そういうことは私にはありませんでした。

ただただ静かであり、特別なことは何もなく、自然にただそこに在りました。

そしてそれこそがマハルシの恩寵であり、臨在であると実感しました。

またこのような場が提供されていることに、ひたすら感謝の思いが沸き起こりました。

ラマナ アルールでは、1時間ほどの瞑想が楽というか、自然に起こります。

時間の経ち方が日常と明らかに違います。

思考や感情は色々と出てきますが、それによって瞑想が邪魔されることがありません。

強烈なエネルギーが感じられる場では、瞑想してエネルギーで思考や感情が止まることがありますが、それは一過性のものです。

ラマナ アルールにおいてはそのようなことはなく、臨在や恩寵と共にただ在るのです。

それがとても心地よく、これこそがずっと私が探求してきたものだとわかってきました。

初めてラマナ アルールで瞑想した後、しばらくはそこでの瞑想が強く印象に残っていました。

今までは瞑想会やリトリートに参加して瞑想を行い、色々なことがあってもすぐに忘れてしまっていました。

ところがラマナ アルールでの臨在、恩寵、マハルシの写真などが、深い領域に影響を及ぼしているような気がしました。

マハルシの臨在、恩寵と共に在ることができるのは、これ以上のものはありません。

それが都会の真ん中で起こるというのは、本当に何事にも代えがたいものです。

今後も機会があればラマナ アルールを訪れることになると思います。

マハルシの臨在と恩寵に触れることができる場が日本にあるということに、いくら感謝してもし足りないくらいです。本当にありがとうございます。


4月 上脇 彩瑛

この経験を振り返るきっかけを与えて頂き、ありがとうございます。
私がアルナーチャラの存在を知ったのは、インドに行った友達に勧められたからでした。
南インドを中心に1か月半女一人旅の中で、始めは何も調べずに寄ってみようという軽い気持ちでアルナーチャラを尋ねました。
右も左も分からないままの最初の目的地でした。もうすでに疲れ切った体とともにローカルバスに乗り3時間ほど揺られてティルバンナマライへ。

この日のことは一生忘れないと思います。
たどり着いた日は2019年の12月11日、後から知りましたがその日はたまたま満月の日でした。

ついた瞬間、数えきれない人々、そしてほとんどの人々が裸足でギリプラダクシナ(その時は何が起こっているのかさっぱりわかりませんでした)をしていてたくさんある寺の前では歩くことも困難なくらい混雑していました。
私は訳も分からず、15キロは軽く超えていたであろうバックパックをかつぎ、道中にホテルがあったため参加することになりました。沢山の物乞いに話しかけられたり、今まで見たことのない光景に恐怖を抱き、泣き叫びたくなる思いでした。
ホテルまで約3時間程歩き、ホテルに到着しバックパックを下して意味も分からないままやるしかないと思い、私も裸足になり、14キロ約7時間ほどかけて歩きました。
まず、人々の祈りに圧倒されました。見よう見まねで巡礼に参加しようとしましたが祈る習慣や献身もなかったのでどうしても理解せずに形だけ祈るということしかできませんでした。
次の日から3日間、ラマナアシュラムに滞在して、アシュラムのスケジュール通りの生活を送りました。
2日目にサマーディホールで座ったときに、体が震え始めて涙が溢れ出たのをはっきりと覚えています。それはプージャの後の出来事で感激と同時に何が起こったかわからず、恐怖の念もありました。
いつも何かしていないといられない、対象物がないと不安になる自分がいて瞑想する度に今ここに誘われている感覚がありました。このままではここを出られないという気持ちと、知りたいという気持ちが大きくなり、その後のメインの予定をキャンセルして、そこから16日間ティルバンナマライに滞在する事になります。
ラマナアシュラムで購入した日本語の”あるがままに”を読みながら、夜には毎日のチャンティングに参加しました。

ある日、スリラマナも訪れたと言われている
samudram lakeに訪れた時に、少し離れたところからアルナーチャラを眺めていました。

頂上に火が灯される少し前の事です。山頂から宇宙に繋がる巨大なエネルギーのようなものを感じてそこから地上にスプレッドしていくのを感じました。
そのエネルギーが自分を含め、目に見えるもの全てに繋がっているような感覚がありました。
その時初めてバガヴァンの存在を自分の内に意識しました。
なぜ私が満月の日にここにたどり着いたのか...
私の妄想かもしれませんが、その時に月は太陽の鏡のような存在だと思ったのです。
その計り知れない火のエネルギーはこのアルナーチャラを通じて私の中に存在している感覚がありました。
アルナーチャラの存在を感じる為にスリラマナの存在を欠かす事はできませんでした。
そしてスリラマナの存在を知る為にアルナーチャラの存在を欠かす事も出来ませんでした。

ティルバンナマライを発つ2日前、最後のギリプラダクシナを行いました。
その日はちょうど日食の日で、朝早くから歩きましたが太陽が満ちるにつれて気温も下がり辺りも暗くなりました。
いつもはメインの道路沿いを歩いていましたが、その日は山の麓の矢印を辿って歩きました。
一歩山に入るだけで動植物の営みがひしひしと伝わり、出来る限り乱さないように静かに歩きました。
落ち着く場所を見つけてはそこで瞑想し、無心で歩き続けました。
月が移動するにつれて太陽の光がアルナーチャラを通じてそこにある動植物、私の体にも満ち渡りヴァガバンは全ての内に存在していると思いました。

やはりこんな貴重な体験をさせて貰えたにも関わらず東京に帰ると、いつもの多忙にもどり、体験した事を忘れてしまう不安がありました。 そんな中ラマナアルールの存在を知りました。
初めてお邪魔した時に瞑想ホールと同じ静寂があり、ただ在るということに気づかせてもらっています。
この場を設けて頂いていることに本当に感謝しております。


3月 匿名希望

私がバガヴァーンの恩寵によってラマナアルールへと導かれたのは、今年の1月11日だったと思います。雑踏とした都会の真ん中に、意外にもひっそりと佇む薄緑の建物の一室、外観からして静寂に包まれていました。

シュリラマナの教えに出会ってから8年弱、幼少の頃より神様は存在すると頑なに信じ何かにつけても信心深い私でしたが、成長と共にその純粋さは濁り、世俗的欲望に血道を上げ自我が肥大化した50歳目前で家族、友人関係、仕事、全財産を失ったのです。

元より読書好きで特に若い頃は哲学、宗教、精神世界系の本はかなり読んでいましたが副業で始めたビジネスが当たり出した頃からは現世利益を実現するためのスピリチュアルな本を好んで読んでいました。

昨年は家族と迎えた楽しい正月が翌年には、病室で一人初日の出を見てるとは誰が想像できるでしょうか?
ガランドウの家を売り飛ばし、再度ビジネスで盛り返してやると誓った翌日から原因不明の体調不良で一人で立つことさえ出来なくなりました。おまけに頸椎の手術の後遺症も重なり、死んだ方がどれほどマシかと…お金もない住む所もなく身体はボロボロ、最早万事休す一週間以内に死のうと決めて後悔することもなく、素直に自分の無力さを悟りました。

この話しは約9年前位です。でも今思えばその時からバガヴァーンの目に見えぬ恩寵に導かれていたのではないか?と思えるのです。そしてラマナアルールへと赴いたのも決められていたのではないかと?

入退院を繰り返しながら、昔読んだ自然食や周波数の本のことを思いだしオリジナルな食事療法を試みました。自然食、菜食、少食となるにつれグングンと健康を取り戻し2年間に渡る闘病生活と決別することができました。そして元からの仕事にも就職することができ社会復帰したのです。

真っ当に生きようと心を入れ替えネットで以前に見た忘れることのできない表紙の顔、その本こそが「あるがままに」だったのです。早速購入しましたが初めて聞く非二元性と云う言葉、また、ヒンドゥー教の用語等でバガヴァーンの言われることがサッパリ理解できませんでした。 全部読むことなくその本を手放しましたが、手放した後には何故か気になり、また新たに購入して読みはじめるのですが、どうしても意味が分からず再度手放しました。
だが、不思議なことに、またまた新たに購入して読まずとも部屋の中に置いてある状態が続きました。しかもあるがままにの他に古本ですが三冊もバガヴァーンの本が増えていました。

ある日の休日前の夜に突然、意を決して読了したのをを覚えています。何となくですがバガヴァーンの言われることが腑に落ちたのです。
その頃トークスも発売され始めその日から毎日バガヴァーンの教えを読み実践する日が続いています。

この道を行く人なら誰でもあることだと思いますが、教えの実践よりいつの間にか知識の蓄積が重要なことにすりかわっていく傾向が私にもありました。

私が重きを置いたバガヴァーンの教えの実践は職場での人間関係の中から発生する自我の源を突き止めることと、行為者無しに活動することに留意することでした。

連敗の日々でまるで進歩してるとは云えない状態が長く続きましたが、時折内側から理解と安堵が沸き起こり、不安が消え去る何とも云えない清々しい経験を何度もしました。

これだけでも、日々すっきりと淡々と生活していましたが、ある時を境にもう難しい理論や議論はいらないし聞きたくもないと強く思いはじめたのでした。

静かに一人在ること、そして何も考えること無くただバガヴァーンに帰依しようと強く思いました。その思いが強く強くなったのが昨年の12月でした。
そして、昨年の12月に日本ラマナ協会で二度しか会ったことのない、知り合いに6ぶりに然るべくして遭い今年の年頭にラマナアルールへと導かれたのです。

最初にホールでバガヴァーンの大きな写真と対面した直後涙が止まらなくなりました。
余りにも愚かな自分が恥ずかしくバガヴーンのお顔を見ることができなくなりました。
そして私は心の中で呟きました。「バガヴァーン私は居ません、ただあなただけです。」と、その後も何回となくアルールに行っては瞑想もしますが、ただ、ただ、バガヴァーンの足元に額ずき「バガヴァーン私は居ません、ただ、あなただけです。」とアルールの静寂の中で何度もこの言葉を繰り返しています。

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ラマナアルール体験記の寄稿をお待ちしています。
ramana.arul.baba48@gmail.com 迄お送りください。


ご利用にあたって

オープン日時

お問い合せください。
(コロナウイルス自粛の間はお休みする場合があります。ご利用前にお問い合わせください)

参加費

ドネーション(寄付)制

アクセス

JR山手線、地下鉄東京メトロ 東西線、西武新宿線の「高田馬場」駅より徒歩5分

初めての方は、お問い合わせいただければ詳細をお知らせします。
お問い合わせメールアドレス ramana.arul.baba48@gmail.com


関連情報

ラマナアシュラム ホームページ https://www.sriramanamaharshi.org/?lang=ja
アルナーチャラ便り『SILENCE』 ティルヴァンナーマライ在住の帰依者の編集、翻訳でアルナーチャラ便り
『SILENCE』が配信されています。配信希望の方は
ramanajapannews@gmail.com 迄お申込みください。

サンプルはこちらでご覧いただけます。

書籍

ラマナ・マハルシの教え
(野草社)

ラマナ・マハルシとの対話 第1、2、3 巻
ラマナ・マハルシの伝記
不滅の意識
あるがままに
静寂の瞬間(とき)
アルナーチャラ・ラマナ
(ナチュラルスピリット)

秘められたインド
(日本ヴェーダーンタ協会)

ラマナ・マハルシの言葉
(東方出版)

ラマナ・マハリシの教え
(めるくまーる)

DVD ラマナ・マハルシ
(ナチュラルスピリット)
電子書籍 沈黙の瞬間
ラマナ・マハルシの伝記
不滅の意識
アルナーチャラ・ラマナ
ラマナ・マハルシとの対話 第1巻・第2巻・第3巻
(ナチュラルスピリット)