Ramana Arul

アルナーチャラ便り 2020年7月

自由か牢獄か

 ここティルヴァンナマライは3月25日から始まったロックダウンが3ヶ月間続きましたが、まだ状況が改善していません。感染者の数が減るどころか増え続けているのがインドの状況です。タミルナドゥ―しかり、ティルヴァンナマライしかりです。いまだに学校 、寺院、アシュラム、群衆が集まるところはすべて閉鎖されています。この見通しでは、9月までロックダウンは続くだろうと言われています。
 

 私が住むエアリアには交通量が少ない歩行に適した広い道路があり、そこをみんながマスクをして、運動不足を防ぐために何往復も歩くのです。私もその一人です。ある時、ある帰依者に出会って、「How are you?」 と会話が始まり、私は「I am fine」、彼は「I’m in a jail」アシュラムに行けないので堪える。毎日が牢獄にいるようだと話していました。

 まったく、「Stay home, Stay safe」が政府の方針ですので、どこにも行けないのは精神的な束縛となるのでしょう。私はどこにも行く必要がないのが嬉しくて、「Stay home」を楽しんでいます。自由に生きるか、牢獄で生きるかは、その人の考え方次第ではないでしょうか?

(崎山綾子 シュンニャ記)

アルナーチャラ便り 2020年6月

 コロナウィールスでロックダウンの生活、HOME STAYの状態が2か月続きました。おかげさまで、ここティルヴァンナマライでは多くの人達がより深いInner Journey を果たしたようです。

 私の雑記帳の中に書かれた下記の文章が突然、現れました。どの本から抜粋したのかわかりませんが、すべて、バガヴァ―ンの教えであることは間違いありません。これを読むと、無知が理解に転化するという確信をもって、ラマナ・アルルのホームページのために送ることにしました。

*唯一、*真我だけが実在として永遠に存在する。世界の活動や現象が真我から離れて存在できないが、それらは何の実体もない想念の戯れにすぎない。身体もまた、真我のスクリーンに現れる単なる夢の物体にすぎない。身体は一時的な思考の産物だと意識しているだけでよい。

*すべてを在らしめなさい。拒否も受け入れもしないことだ。すべてを在らしめなさい。あなたはそれらと何の関係もない。

*マインドが騒がされるのなら、マインドを騒がせるものから遠ざかりなさい。そうすれば平安がそこにある。欲望がマインドを騒がせるのなら、欲望をを切り捨てるか、それができない場合は、誰にその欲望が起こっているのか? 私に。私は一体誰か?と問いただすことで欲望を消しなさい。欲望とは幻想と誤解と無知の塊―その欲望が無くなると平安がそこにある。平安はいつもそこにある。どこにも行かない。マインドを騒がせるものはあなたとは何の関係もない。*無視しなさい。

*身体、心、あらゆるものの本質は『空』であり、『空』が実在である。姿、形を見るためにすべてが実在しているかのように見える。しかし、それらはすべて想念が物質化したものだ。本質は『空』であり、実体は「ブラーフマン」(純粋意識、存在、至福)である。

*思考が起こるに任せ、思考を見ることだ。その観察自体がマインドをslow down させ、完全に停止させる。あなたの思考を見なさい。そして、思考を見ているあなた自身を見なさい。すべての思考から自由になった状態が突然起こる。そして、その至福状態がそれを「それ」と認識させるのだ。

*ニュースレターSILENCE・ 5月号、ジャッキーの話を参照ください。
*真我:個我が消滅した後に残る姿・形のない不滅の意識。

(崎山綾子 シュンニャ記)

アルナーチャラ便り 2020年5月

ロック・ダウン、その後….

 3月25日からスタートしたロック・ダウンは4月30日まで延長になりました。今のところ、それ以後のことはわかりません。ロック・ダウンが始まって1ヶ月が過ぎましたが、みんな、HOME STAY で坦々と毎日を送っています。

 逆に、この機会を利用して、もっと自分の内側を探求できると感謝している帰依者たちが増えています。まさにそのとおりです。ロック・ダウンでアシュラム、社交事例から切り離され、隠遁生活に入って1ヶ月。全く、他人の目を気にせずに、家にいることが自然で、心の平安を取り戻した、という人達がたくさんいます。「アシュラム、ミスしているけれど、アシュラムに行かなくても大丈夫!」

 霊的な見地からすれば、この静かにしている日々が内側をクリーニングする機会となっているのです。常に存在する真我を、覆い隠している思考のガラクタを取り除くよい機会です。しかも、有難いことに、ただ静かにしていると、それが努力なしに自然に起こっていくのですから。

 4月14日:マハニルヴァーナ・デイ、4月20日:バガヴァ―ンの70回目のアラダナ、両日のプジャや儀式,讃歌はYOU TUBEで同時放映されました。

(崎山綾子 シュンニャ記)

アルナーチャラ便り 2020年4月

コロナヴァイルス IN TIRUVANNAMALAI

 ラマナアシュラムは世界中に浸透していくコロナヴァイルスの影響で3月25日から完全に閉鎖になりました。これはインド政府の決定に従ったものです。この決定がいつ解除されるかは誰にもわかりません。私たちはただ静かに事の成り行きに従い、アルナーチャララマナにゆだねるだけです。

 公共の交通は遮断され、会社や商店は閉じられ、銀行とスーパーマーケットは中に入れる人の人数制限と開店時間の短縮で何とか私たちの生活を支えています。

 要点は人と人との接触を避けること、つまり感染を避けることがポイントです。そのためにすべての人がHOME STAY しなければならないのが状況です。このために警官が通りのあちこちに待居して、不必要な活動を戒めています。

 ここでの帰依者たちの情報交換は迅速で大きな助けとなります。デジタルワールドに感謝です。ティルヴァンナマライではじめてのCOVID19の保菌者がでたと聞いたときは、みんながどれだけ気落ちしたか想像してください。状況が次から次へと変わっていくなかで、幸いにも帰依者たちはもちろん、町中の人が静かに過ごしています。

ただ私たちはここにやってきた理由を明確にし、「WHO AM I?」とバガヴァ―ンの教えに従うことが心の平安を保つ特効薬だと理解しています。

 起こるべきことはどんなに避けても起こるだろうし、
 起こらないことはどんなに努力をしても起こらない。

(崎山綾子 シュンニャ記)

アルナーチャラ便り 2020年3月

日日是好日

 ラマナアシュラムの訪問者の数がピークに達する時期は12月から次の年の2月にかけての3ヶ月です。インド中、世界中からの訪問者が後を絶たず、聖地であるラマナアシュラムは訪れる人々の天国になります。

 サマーディーホールが外から侵入してきた野犬たちの天国になったのはここ数年のことです。昔はプジャリやガードが犬のサンクタムへの侵入を見ては追い払っていたのですが、動物を愛する外国人たちの抗議に、アシュラムは一切犬には干渉しなくなったのです。彼らはバガヴァ―ンがどのように動物を愛されたか、アシュラムは動物への愛情深さをマハリシから受け継ぐべきだと抗議するのです。

 その恩寵のおかげで、犬たちはサマーディーホールで誰にも干渉されず、手足を伸ばして完全にくつろいでいます。そんな犬たちを外人が愛撫して、まさに天国です。

 タミルパラヤナで私たちが詠唱しているときでも、空いているカーペットの上に寝転がったり、男性側女性側の間にあるギャプで二匹の犬が戯れたりします。昔なら誰かが注意をして追い払ったものですが、近頃は内心、追い払いたくても誰も何も言わず、ただ苦笑いするだけです。

 不思議なことに、今では誰もが他人の目を意識して、犬を追い払うことを恐れているのです。あるいは、外の犬に意識の焦点をおくのではなく内側に起きなさいというバガヴァ―ンの教えだという知性派もいます。私たちの混乱をよそに、犬やサルたちにとってラマナアシュラムは「日日是好日」の天国なのです。

(崎山綾子 シュンニャ記)

アルナーチャラ便り 2020年2月

Sadhana 絶好の機会

ラマナアシュラムの一月は今までになかった、あわただしい雰囲気の中で終わりました。

1月11日 バガヴァン ジャヤンティ(誕生祭)

1月14-16日 ポンガルの祭り(インドの秋祭り)

1月20-26日 SRI Nochuru Venkataraman、English Discourse:アクシャラマナマライ


バガヴァ―ンが作詞された108詩のアルナチャラシバを一詩ずつ、そのエッセンスを顕にする講和です。今回は3回目に当たります。アシュラムオーディトリアムは200-300人の聴講者が集まり、7日間、その数が減るということはありませんでした。

1月22-26日 Youtube  で有名になったSri Mooji のサットサンがアシュラム近くの大きな会場で行われました。

1月26日 ケララの著名なアムリータナンダマイマ(アマチ)の一日ダルシャンDayとなり、町全体が活気づきました。

これらのイベントの参加者たちが聖地巡礼としてシュリラマナアシュラムを訪れ、アシュラム全体がどのような状況にさらされたかは読者の皆さまのご想像にお任せしたいと思います。この稀に見る状況の中で、ラマナ帰依者達をして「WHO AM I ?」 でサダカとしてのモウナを全うする絶好のチャンスとなりました。??!!(は、は、は、………笑)

(崎山綾子 シュンニャ記)

アルナーチャラ便り 2020年1月

新年明けましておめでとうございます。

皆様にとって、今年も「日日是好日」でありますように。

さて、新しいカレンダーを眺めながら、ラマナアシュラムは1月11日のジャヤンティ(マハルシの誕生日)の祝祭から新年のイヴェントが始まっていきます。2月にはシヴァラトリ、3月にはシュリ ヴィディヤホーマ、4月にはアラダナ(マハルシの命日)、5月にはマハプジャ(母堂のアラダナ)と続いていきます。

特にジャヤンティとアラダナの祝祭にはインド中、世界中から帰依者が訪れ、サマーディーホールは満杯になり、大がかりなプジャが執り行われます。その日のビクシャ(フリープラサードの食事)は2,000〜3,000人にふるまわれます。

日頃静かなアシュラムは活気づき、夜はインド音楽、インド舞踊のコンサートが催され、雰囲気がガラッと変わってしまいます。

この日は「Who am I?」 が「Who is enjoying?」に代わります。多くの見知らぬ人々の来訪で、「Who are you? 」が続きます。

果たして 、沈黙のバガヴァ―ンは千里彼方を見ていらして、「 Where is everybody? 」と自問していらしゃるのではないでしょうか?

(崎山綾子 シュンニャ記)

アルナーチャラ便り 2019年12月

ディパムの祭り

 今年のディパムは12月1日から始まって12月10日にアルナーチャラの頂上にディパム(かがり火)が灯って終わります。

 この祭りは世界でも有数の雄大なお祭りでしょう。詳しくは昨年のニュ-ウスレターSILENCE に掲載した「特集:ディパムの祭り」をご覧ください。

 この祭りは全く精神を高揚させてくれるお祭りです。

 デイパㇺは単なる祭りではなく、アルナーチャラシヴァ神への帰依と熱愛を象徴しているからです。何よりもそれをよく表しているのは、祭りの中心となる山車がアルナーチャラ寺院を外周する日です。山車の重さ10トン、高さ30メーター、それを人力で鉄の鎖100メーターを引っ張って動かすからです。単なる体力ではこの山車は動きません。アルナーチャラへの帰依心と信仰の強さが加わって初めて動くのです。アルナーチャラの恩寵が帰依者たちを通じて山車を動かしていると言ってもよいでしょう。

 12月10日にディパムが灯ると、人々は歩いて山を一周するギリプラダクシナに出かけます。町中が何万という群衆で完全に占拠されますが、年に一度、ティルヴァンナマライの住人は文句を言わずに、神を感じて神に明け渡す日となります。

 そしてマハリシは、私たちの本性は身体ではなくこの真我の光輝だと指さしておられます。

(崎山綾子 シュンニャ記)

アルナーチャラ便り 2019年11月

魂の里帰りと女神さまの祭り

 人々がアルナーチャラにやって来ると、みんな幸福になり心の平安を得て、ここを離れたくないと言います。実に、ここは魂の安らぎの場所なのです。アルナーチャラは私たちの魂の源泉です。ですからここにやってきたら、もう、なにもすることなくただリラックスして魂を安ませることです。

 瞑想や「私は誰か」もここではお休みにして、のんびりしていれば自然と楽しくなります。私たちの本性が、源泉が幸福なのですからここに帰ってくることは実家に帰ってくるようなものです。魂の里帰りです。何も考えない、何もしない。修行というアイディアは捨てましょう。努力することを止めましょう。ゆっくりと足腰伸ばして休みましょう。来訪者にとっては、ここは天国です。ああ!幸わせ!!

 その幸せのさなかに女神ヨガアンビカ(ブロンズ像)がナヴァ―ラトリのお祭り、女神さまの祭りの主役として、母堂のサマーディーの祠から輿に担がれて出てこられ、9日間の9変化を演じるマンダパムに落ち着きます。女神は毎夜きらびやかなシルクサリーと宝石で飾られて、ある夜はクリシュナ、ある夜はミナクシ、ある夜はドゥルガーに変身して9日間が過ぎます。

 見る者の内側から引き出された美が女神に投影され、それぞれがそれを楽しむのです。ある人は真正面から、全体の調和ときらびやかさを楽しむ人もいれば、左斜めから、お顔の表情の何とも言えない微笑を楽しむ人もいます。銅像が微笑むというのは変な話です。ですからそれはその人自身の投影を見て楽しんでいるということです。

このようにして9夜は興奮と熱気の内に終わり、女神ヨガアンビカは神殿の中に戻られます。今年のお祭りは9月29日から始まり10月9日に終わりました。

ナヴァ:9、ラトリ:夜 サンスクリット語

(崎山綾子 シュンニャ記)

アルナーチャラ便り 2019年10月

アンナーマライ寺院

アルナーチャラを一周するギリプラダークシナ道路にはアルナーチャラのシヴァリンガを祀る三つの主な寺院があります。

1.アルナーチャレシュワラ大寺院:
町の真ん中に位置する八つのゴプラム(タワー)を持つ雄壮な寺院。

2.アディアンナマライ寺院:
ラマナアシュラムの真裏に位置するギリプラダクシナ道路にある。
この寺は町の大寺院よりも古くに建立されたと言われている。

3.ティルネールアンナ―マライ寺院:
サンスクリット語アルナーチャラのタミル語がアンナ―マライ。
2004年に荒れ果てたマンダパㇺ(巡礼者が休める屋根のついたオープンスぺイス)が修復されてアンナマライ寺院となる。
ニルディリンガムを過ぎて100メートル位行ったところに位置する。
このお寺は日本ラマナ協会会長、故柳田侃先生と深いご縁がある。

柳田先生が1995年にポストオヒィス道路にご自分の住居を建設されて2000年までそこに住まれた。その間、先生は毎夜2時にギリプラダクシナに行かれた。その5年間のギリプラを通じて、元ニルディリンガムの管理者、エラッパスワミとの間に無言の友愛関係が成長したと私に語られた。そのエラッパスワミの努力でマンダパㇺが修復されることになったので、先生はこのお寺の修復費用を心から援助された。

今日は柳田先生ゆかりの、そのお寺に行ってみました。

ある日曜日の夕方五時に部屋を出て、アシュラムに行こうとスクータを向けたのですが、それとは反対方向のギリプラロードに行ってしまった。ニルディリンガムを過ぎ、アンナ―マライ寺院でスクータは止まった。日曜日なのに人混みがかなり少なかった。なんとなく寺の周りを散歩していると、ふと目に留まった浮彫の小さな像に向かって行った。ニームの樹の下に静かなスポットを見つけた。目の前は沐浴所で大きいウォータータンクには水がなかったが周りは森で囲まれている。その階段に腰を下ろし、夕陽が沈むのを見つめた。

寺に戻ってみると、エラッパスワミがおられて会釈を交わし合い、アンナーマライリンガを礼拝した。スワミは何かアルナチャーラを賛美する詩を唄い始めた。意味が分からなくても、何の気どりもない唄い方で聞いていると楽しくなってきた。突然、スワミが頭をリンガから180度回転させた。何と、そこには実物のアルナーチャラがそびえていた。私はもっと楽しくなった。心躍りながらウンナマライのサンクタムに足を向けた。この女神さまの顔の表情が実に愛らしく、帰依者の心を幸せで満たしてくれる。スワミはまだ唄い続けている。ふと、二人のオレンジ色の布をまとったサドゥ-たちに目が留まった。二人はマンダパㇺの入り口の両サイドの角に、向かい合う形で座っていた。二人とも静かだ。その無努力の静けさに心打たれた。一人のサドゥーの唇がかすかに動いているのが見えた。おそらく、自然に起こるジャパかマントラを唱えているに違いない。もう一人はただ静かにしている。まれにみる真のサドゥーたちだ。私はもっともっと楽しくなってくる自分に気づいていた。私も無人のベンチに座って、静かにアルナーチャラを見上げた。するとアルナーチャラが微笑んだ。

(シュンニャ 崎山 綾子 記)