Ramana Arul

カレンダーの言葉

アジニャーニ(真我を実現していない人)は世界を現実であるととらえますが、ジニャーニ(真我を実現した人)はそれを真我の顕現にすぎないと見ています。

真我が顕現しようと、するのをやめようと重要ではないのです。

カレンダーの言葉

眠りたいと望んだり、死を恐れたりすることはマインドが活動している時に起こり、眠りや死の状態では起きません。体という実体が持続し、眠りの後で再び現れることをマインドが知っているのです。

したがって、眠りは恐れを伴うものではなく、体ではない実在の喜びを得ようとするものなのです。

ところが、マインドはいわゆる死の後、再び現れるという確信がないので、それを恐れるのです。

カレンダーの言葉

真我またはアートマは常にあるがままです。
それを達成するなどということはありません。

必要なことは真我でないものを真我とみなすこと、
真実でないものを真実であるとみなすのをやめること
だけです。

我々が自分自身を体と同一視するのをやめれば、
真我だけが残ります。

カレンダーの言葉

神の意志がいつでも、どのような状況でも勝るのです。
個人が自発的に行動することはできません。
神の意志を認めて、静かにしていなさい。
誰もが神に面倒をみてもらっています。
神が全てを創造したのです。

カレンダーの言葉

私たちは、自分の周りに見るもの全てが永続し、自分はこの肉体である、という考えに非常に慣れているので、このこと全てが消滅するとき、自分も消滅してしまったと想像し、恐れるのです。

カレンダーの言葉

思考は変化しますが、あなたは変化しません。
通り過ぎていく思考をてばなして、変わることのない
真我にしっかりとつかまっていなさい。

思考はあなたの束縛を作ります。
もし思考が手放せられれば、自由があります。

カレンダーの言葉

グルは体ではありません。

だからグルの体が消えた後であっても、
つながりは残ります。

カレンダーの言葉

自分を主である神のとりこになった者として明け渡す時、人の全ての行いは神の行いであるということに、最後には気づくでしょう。

自分のものである、という状態がなくなります。

これが「神の意志を行う」が意味することです。

カレンダーの言葉

肉体が経験する全ての活動は、肉体が存在へと最初にやって来たときに決められます。

活動を受け入れようが拒否しようが、あなたにかかっているというものではありません。

あなたにある唯一の自由はマインドを内側に向け、そこで活動を放棄することだけです。

カレンダーの言葉

死の恐怖は思考が生じた後にのみ存在します。
誰の死を恐れるのでしょうか?
その恐怖は誰にとってでしょうか?

真我と身体を同一視しています。
これがある限り、恐れは存在するでしょう。