Ramana Arul

カレンダーの言葉

質問は常にあなたの知らないことについてであり、質問する人は誰かを見つけ出さない限り終わりがありません。

たずねられた質問についてのことはわからなくても、質問をたずねる質問者がいることは疑いありません。

もしあなたが、質問者は誰かとたずねるなら、全ての疑いは解消するでしょう。

カレンダーの言葉

二元性はありません。

あなたの現在の知識は自我によるもので、単に相対的なものです。
相対的な知識は主体と対象が必要です。

一方、真我の気づきは絶対的であり、対象は必要ありません。

記憶もまた同様に相対的なもので、覚えられる対象と覚える主体が必要です。

二元性がないとき、だれがだれを覚えるというのでしょうか。

カレンダーの言葉

内側に向けられたマインドは真我です。外側に向けられると、自我となり、世界全てとなります。

しかし、マインドは真我を離れては存在しません。つまり、独立した存在ではないということです。真我はマインドなしで存在しますが、真我がなくてはマインドは決して存在しません。

カレンダーの言葉

マインドは生来落ち着きのないものです。

それを落ち着きのなさから解放することから
始めなさい。

静けさを与えなさい。

気を散らすものから遠ざけなさい。

内側を見るように訓練しなさい。

これを習慣としなさい。

これは、外側の世界を相手にせず、マインドの静けさを妨げるものを取り除くことによってなされます。

カレンダーの言葉

アジニャーニ(真我を実現していない人)は世界を現実であるととらえますが、ジニャーニ(真我を実現した人)はそれを真我の顕現にすぎないと見ています。

真我が顕現しようと、するのをやめようと重要ではないのです。

カレンダーの言葉

眠りたいと望んだり、死を恐れたりすることはマインドが活動している時に起こり、眠りや死の状態では起きません。体という実体が持続し、眠りの後で再び現れることをマインドが知っているのです。

したがって、眠りは恐れを伴うものではなく、体ではない実在の喜びを得ようとするものなのです。

ところが、マインドはいわゆる死の後、再び現れるという確信がないので、それを恐れるのです。

カレンダーの言葉

真我またはアートマは常にあるがままです。
それを達成するなどということはありません。

必要なことは真我でないものを真我とみなすこと、
真実でないものを真実であるとみなすのをやめること
だけです。

我々が自分自身を体と同一視するのをやめれば、
真我だけが残ります。

カレンダーの言葉

神の意志がいつでも、どのような状況でも勝るのです。
個人が自発的に行動することはできません。
神の意志を認めて、静かにしていなさい。
誰もが神に面倒をみてもらっています。
神が全てを創造したのです。

カレンダーの言葉

私たちは、自分の周りに見るもの全てが永続し、自分はこの肉体である、という考えに非常に慣れているので、このこと全てが消滅するとき、自分も消滅してしまったと想像し、恐れるのです。

カレンダーの言葉

思考は変化しますが、あなたは変化しません。
通り過ぎていく思考をてばなして、変わることのない
真我にしっかりとつかまっていなさい。

思考はあなたの束縛を作ります。
もし思考が手放せられれば、自由があります。